声の揺れ、意味の響き。

僕の生活や思いをwhatwhywherewhohowの4w1hを意識しながら文字と絵で綴ります。

根性なしの筋トレ論

・僕(根性はないかな〜、、、)

タイトルの通りです、今現在僕は、もともと167、5cm53kgのがりがり

だったのですが、ここ2ヶ月ちょいで、56kgのひょろひょろへと変わることができました。

方法的には、あまり昔からご飯が食べれないこと、食べても太らないこと、体調や気分の波が激しくて規則正しい生活や、計画が苦手なこと、加えて飽きっぽいことなどから

スケジュールをきっちり、トレーニングの回数をきっちり、食事内容や量ををかっちり決めてやるのはいやでした。

・続けること

そこでともかく僕は毎日少しでも自分に適した方法を模索しながらやっていました。

むしろ自分の目標や、それに適した方法などは、筋トレをしながら探す方がいいです、ぼくはそうして自分の体を知ることができました。それに、目標意識ももちやすく、トレー二ングが自己との対話の時間のようになる瞬間もあり、リフレッシュにもなります。

・大事なこと

かなりの私事なのですが僕はかつて長期にわたる不登校だったことがあるので、

自分の体に対する目線が普通に健康に過ごして生きた方とは異なるので、

体つきへのコンプレックスが半端なく、(実際はただのチビひょろくん)筋トレをつずけるための、メンタルのコントロールがやはり一番結果を出すために重要だったと思います。

ぼくは今は、考え事をするのが体を追い込む邪魔でしかないので、トレーニング中は、目的意識や方法が固まってきてからは、むしろそうした思考に使うエネルギーも自分が今動かしている筋肉に意識を向けるように、意識を無言にしていく感じでやるようになってきてます。(こうして追い込むと、どこかで自己意識や言葉の呪縛から逃れられる開放感を感じる瞬間に出会います笑)

・一言で結論すると

結果として(※まだ継続中)はとにかくやろうと思える範囲で続ける、というスタンスでいたのがとても良かったと思います。

例えば、やる気が出ないどころか、無目的に筋肉を追い込むことになってしまうと、激しいトレーニングが好きなどMさんでも、何やってんだろう僕私となってしまうと思います。そう、ここからこの記事は人間的な問題へと切り込んでゆくのです、どこまでも羽ばたいてゆけ!

根性なしの筋トレ論よ!(タイトル)(#ださい)(#自分に酔ってる)

 

・・・こういう瞬間は僕はかつて長期の不登校だったので、だいぶ味わってきています、、、こういう流れはだいぶ疲れるので好きではないですが、ここで自分をさらけ出すのは一つの課題であり、本能でキーボードを叩く僕の指さんたちに従うのみです。

まあ、ようするに

・疲れたー筋トレ(仕事、宿題、人生!?)やだーの時に僕はどうするか

という話で締めくくります。

仕事終わりの週間が筋トレです、これは僕にとって自分のコンプレックスと過去に向き合い、自分(の体)に自信をつけるための週間でもあります、と。。。

となると、非常に面倒ななことにやる気ないじゃ、どうしようもなくなるんですよ、鬱か、心の迷子か何かぼっーーーとして無為に過ごすことになるわけですよ、

そこで、ぼくはこう考えるといいかもしれません、どうお思いになられますか?とお伺いしたいことがあるのです、

そう、それこそが、!筋トレ論が人生論に、筋トレやだーが人生やだーに、(あくまで文章の構成上ではあるものの)繋がってくる所以なのです!

 

僕はこう考える。。。

 

なんとなく筋トレ無理なんて言っちゃうときも、そんな自分の体の気だるさと、筋トレ中に筋肉に意識を集中させるときと同じように向き合えばいいじゃん!

 

どうするのかって?なんとなく気力がわかず筋肉をうごかせない?

 

 

でも呼吸はしてるよな!!てことはそう、

 

 

 

瞑想すればいいじゃん!!!!!!!

 

 

 

人生を・・・・乗り越えロォォォオ!!!!!!!ウォオおおおおお!!!!!!